聴障者の集会の起こりは、1977年(昭和52年)頃から、分派、教派、組織、伝統、慣行が明らかに非聖書的であるゆえ、それを嫌う地元に在住のキリスト者たちが純粋に聖書の模範(エルサレムに在る教会、アンテオケに在る教会、コリントに在る教会、ケンクレヤに在る教会、エペソに在る教会、スミルナに在る教会、ペルガモに在る教会、テアテラに在る教会、サルデスに在る教会、ヒラデルヒヤに在る教会、ラオデキヤに在る教会:使徒行伝第8章1節、第13章1節、ローマ人への手紙第16章1節、コリント人への第一の手紙第1章2節、啓示録(黙示録)第2章1節、8節、12節、18節、第3章1節、7節、14節)に従い、地元に在って(都市に在って)一つである立場に立って集まるようになりました。例えば、東京にあれば、東京に在る教会、大阪市にあれば、大阪に在る教会、名古屋市にあれば、名古屋に在る教会、ロスアンゼルス市にあれば、ロスアンゼルスに在る教会、台北市にあれば、台北に在る教会になります。
 統合機構、本部等の組織を持ちませんし、何一つ永久的な職位、組織化された指導権を持つ人もおりません。どんな階級制度も、法王のような「頭の代理人」(Subhead)も、「仲介者」(Intermediaries)も認めていません。聖徒たちは、みなお互いに兄弟姉妹と呼び合います(マタイによる福音書第23章8〜10節)。

1952年  中国籍の兄弟姉妹が日本に移住してから、回復が開始する。
1954年  東京で正式にパンさき集会を始める。
1960年 日本語文書の働きが開始する。 
1977年 宗派一グループの聴障者たちが務めの本を通して、主の回復に触れ、得られたので、日本における主の回復を強める。
1978年 日本各地の聴障者の集会が回復にもたらし、夏、冬の全国特別集会に導く。
1980年 キリストのからだと神のエコノミーのビジョンの路線に入る。
1987年 新しい道の導きと実行によって、聖徒たちを励まし、彼らは移住して開拓し、多くの都市での証しが増え、神の王国が拡大する。
1988年 アジアのあらゆる都市にも拡大し、主の回復の証しを強める。
1990年 キリストのからだをブレンディングするために、諸教会を訪問しブレンディングし始める。
1991年 聴障者の同労者たちが海外訪問し始め、回復の証しを強める。そして毎年アナハイムでの夏、冬の訓練を受け、定期的に参加し始める。日本の各地でもビデオ訓練を受け始まる。多くの供給によって、聖徒たちが成就される。
1994年 真理の高嶺のビジョンの路線に入る。
1995年 秋にアナハイムでの全時間訓練生として短期訓練を受ける。
1996年 春にアナハイムでの全時間訓練生として短期訓練を受ける。
1997年 ヨーロッパの各地を訪問し、特にロシア、ガーナで主の回復の証しを強める。
1997年 毎年七回の祭り(国際的特別集会、訓練集会など)に参加するよう再確認する。
2000年 日本各地にある聴障者のキリスト教団体が回復の務めに触れ、連れ戻される。
2002年 日本各地にブレンディング特別集会を頻繁に持たれ、キリストのからだの一を強める。
2005年 東京全時間訓練(FTTTk)が実施し開始する(健聴者のみ)。
2008年 現在、各地で主の回復の証しを強めつつある。


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